京都地方裁判所 昭和56年(わ)375号 判決
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【説明】
本件は、無免許運転中に人身事故を起こした被告人が警察官派出所において取調べを受けた際、運転免許を有する他人の氏名を詐称し、司法警察員が作成した供述調書末尾の供述人欄に署名を求められるや、その他人の氏名を署名して指印し提出した事案であり、弁護人は、自己の刑事事件に関する罪証いん滅行為が不可罰とされている趣旨にかんがみ、本件は刑法一六七条の構成要件に該当しない、仮に該当するとしても期待可能性がない旨主張して争つたところ、本判決はこれを排斥し私印偽造・同使用罪の成立を認めた。
交通切符又は交通反則切符中の供述書を他人の名義で作成することは、たとえ名義人の承諾があつても許されず、私文書偽造罪が成立するとの最近の最高裁決定(最高二小決昭56.4.8本誌四四二号一二四頁、最高一小決昭56.4.16本誌四四二号一二三頁、最高一小決昭56.4.22判例集未登載)の趣意にかんがみれば、当然の結論と思われるが、同種事案が予想され、実務上参考となるものと思われるので紹介する。
なお、本判決が引用する最決昭49.2.19裁判集(刑)一九一号一三一頁は、交通反則切符の供述書欄に死亡した者の氏名を冒用して署名した事案につき、「被告人の行為は、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような私文書を偽造したものと認めるのが相当であり、たとえその作成当時名義人が死亡していたとしても私文書偽造罪を構成するものと解すべきである」と判示したものである。
また、偽名を用いて供述調書に署名する行為につき私印偽造罪の成否に言及したものとして、木村栄作「交通切符中の「供述書」偽造と名義人の事前承諾」警察学論集二九巻十号一六八頁がある。
【判旨】
(罪となるべき事実)<前略>
前同日午後四時ころ、前同町字蒲生小字蒲生野二〇七番地所在の京都府園部警察署須知巡査部長派出所において、同警察署勤務の司法警察員警部補三嶋愛之助から前記第一記載の業務上過失傷害事件につき取調べを受けた際、運転免許を有する吉川正一の氏名を詐称し、同警部補が作成した供述調書末尾の供述人欄に署名を求められるや、行使の目的をもつてほしいままに右供述人欄にボールペンを使用して「吉川正一」と署名して指印し、もつて、吉川正一の署名を偽造したうえ、その場において、偽造に係る右署名を真正に成立したもののように装い同警部補に提出してこれを使用したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は判示第三の犯行に関し、自己の刑事事件においては罪証湮滅行為が不可罰とされている趣旨から考え、本件は刑法一六七条一、二項の構成要件に該当せず、仮に該当するとしても期待可能性がない旨主張するので判断するに、刑法一〇五条の二の規定の趣旨からしても、自己の刑事事件における罪証湮滅行為といえども、そのすべてが不可罰とされているわけではなく、刑法上保護に値する法益を侵害すれば、新たな犯罪が成立するものであり、本件供述調書は刑事事件という公の手続のために用いられる文書であり、そこにおける署名私印等のもつ重要性を考えると、単に偽名を名乗つた場合とは同一に論ずることはできず、本件が刑法一六七条一、二項に該当することは明らかであり(昭和四九年二月一九日最決裁判集(刑)一九一・一三一参照)、犯行の動機その他本件に現われた諸事情を総合考慮するも、本件につき被告人に期待可能性がなかつたとは認められない。
(横山秀憲)